イノセントワールド

タマガワヒロ
(2002.1)
 
 作者が「亜美」で、主人公が「アミ」とくれば、「龍」と「リュウ」が思い浮かぶのは僕だけではないだろう。ペンネームをカタカナにしたからって、それが私小説となるわけでもないし、そのことがリアリティを保証してくる訳でもないんだけど、それでもやっぱりブンガクが「ファンタジー」とは違うんだと思いこみたいなら、そんな小説のキャラクターと作者を重ねて考えることもありかもしれない思ったり、思わなかったり・・・。でも、作者だって、一種の作られたキャラクターなんじゃないかと思う今日この頃。そんなことはともかくとして、この桜井亜美のデビュー作「イノセントワールド」が、村上龍の同じくデビュー作「限りなく透明に近いブルー」を下敷きにしていることは明確だ。最初にあげた「亜美」と「アミ」、「龍」と「リュウ」という名前だけでなく、後書きも作中のキャラクターからの手紙という形式になっていて、この作品が「限りなく」からその形式を引っ張ってきていることは誰の目にもあきらかだ。あとがきなんて、桜井作品の特徴とも言える写真と装丁を作中に出てきたミカに頼みましたなんて、この後幻冬社文庫で展開していくことを考えると、もう村上を超えているとしかいいようがない。そう言った意味では、「桜井亜美」のデビュー作として彼女のキャラクターを作り上げた作品と言えるわけだ。

 で、形式的には「限りなく」を下敷きにして書かれているが、両者の間には二十年の歳月が流れている。村上が70年代の若者を描いたというならば、同様に桜井は、90年代の若者を描いた訳だ。私自身は、「限りなく」が書かれた後に生まれた人間である。そして「イノセントワールド」が出版された96年には現役の高校生だった。そんな僕にとっては、村上が描いた米兵やドラッグよりも、桜井が描く売春や身体感覚の方がリアリティがある。なんといっても、二十年の差は大きい。実は、僕がこの作品を読むきっかけとなったのは、まだ十代の女の子にすすめられてのことだったのだが、彼女が「限りなく」をふまえて読んでいないことは明らかだった。というよりも、村上龍なんて過去の人に違いない。

『イノセントワールド』
桜井亜美著
幻冬舎
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