イノセントワールド

タマガワヒロ
(2002.1)
 
桜井亜美作品は、幻冬社文庫の主力として若い女性に売れているらしい。多分、彼女の作品の多くの読者は、「イノセントワールド」が「限りなく透明に近いブルー」を下敷きにしていることなんて知りもしないし、そんなことはどーでもいいことなのだ。文壇とか批評とかそういった物は脇に置いておいて、極私的な個人の読書体験を考えるならば、重要なことは、70年代後半から80年代生まれの、つまり、僕を含めて「限りなく」以降の人間にとって、彼女の作品がとてつもない現実感をもって感じられると言うことなのではないだろうか。それは、もうすでに名前がどうのとかそう言う問題ではなく、たとえ作り物の「ファンタジー」であったとしても、実際に読んでいる読者が受け入れられるだけのものをもっているかということなのではないだろうか。二十年前には、それは村上だったのだろうが、現在では桜井亜美に変わったということなのだろう。すくなくとも、村上が描いたあんな世界は、僕たちにとっては過去の出来事としてしか感じられないし、桜井よりもよっぽど「ファンタジー」なのだ。

 もちろん、桜井作品が20年後も読まれているかは保証の限りではない。多分そんなことはないんだろうが、それでもこのデビュー作をよんでいると一つのことことに思い当たる。村上とは異なり、桜井亜美は小説家としての名前、ペンネームである。はっきり言って本人がどういう人間なのかはよくわからない。文庫の解説で宮台真司が語っている経緯が本当なのかも怪しいところだ。あの解説までもが、「桜井亜美」を作り上げるための戦略のような気もしてくる。そんな解説や先に挙げた装丁や写真を担当している「ミカ」のことも含めて、「アミ」というキャラクターを主人公にしたという点においても、「イノセントワールド」は桜井亜美という小説家を作り上げた作品といえる。結局のところ、「アミ」だけでなく「亜美」も、この小説によって作り上げられた小説家というキャラクターなのではないだろうか・・・

『イノセントワールド』
桜井亜美著
幻冬舎
Page 2
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